ヨーグルトとチーズケーキ

好きなものを好きなだけ

何言われても結局好きなんだよね。

暇があれば考えて考えてたまに何がなんだかわからなくなったりして、悲しめばいいのか怒ればいいのか不安なのか平気なのかもよくわからなくなった。
でもこんなに考えることもそう多くはないだろうなあと思ったので、せっかくだからここ数日考えたことやったことをまとめとこうと思って書きました。
なので書いてることに脈絡もなかったりするし、読んでてあまり楽しい気持ちにはならない記事です。ポエム感も半端ない。
それでもせっかく思ったこと感じたことなので書き留めておいた、そんな感じの文章です。





生まれて初めてファンレターを書いた。

あなたを好きになってから今まで、ファンレターなんて一生書けないと本気で思ってた。
何を書けばいいんだ?というか、そんな大それたこときっと出来ない。
ファンレターを書く人を蔑視してるとかそういう事では全くなく(むしろ素敵なことだと思う)、ただ私にその勇気がなくて、私の中で勝手にハードルをめちゃくちゃ高くしていた。
軽率な気持ちで勢いで書ける、小中学生くらいであなたを好きになって、かわいい便箋にカラフルなペンで書いてみたかったなーー!!なんて思ったりもした。

それがここ数日でファンレター書こうと決めて、書いた。
今なら勢いで書ける!!!って思ったのも理由だけど、元々の理由はまた別だ。

ここ数日、主にTwitterで広まってた、あなたに関するあれそれだ。

最初はあなたのことだとは思ってなくて完全スルーだったが、何個目かでつい検索しちゃったらあなたのことで、そしたら数日前になんとなくあったアレやコレやもあなた関連だったことを知った。
出るわ出るわ、悪意のツイート。
それらを半分面白がって読んで考えてたら、もうなんか自分でも感情がよくわからなくなってきた。


検索しなきゃいいのになーと自分でも思う。
でもこれからもたぶん私は、何かざわついた気配を察知したら検索してしまうんだろう。
それでダメージを受けないこともあれば、多少なりとも受けることもある。ダメージを受けるのは、だいたいはそれに反応した悪意が散りばめられたツイートに対してだ。
ダメージを受けることもあるなら検索しなきゃいいじゃん、と我ながら思う。
幸い私のTLにはもろに該当ツイートをRTしてくるような人はいないから、なんならざわついてることすら知らずに終わったこともあるんじゃないかと思う。
本当に、検索さえしなければ何にも知らずにいられる環境なのだ。


見せたいと思ってくれたところだけを見て、他人から暴かれた本人が見せるつもりのないところは見ない、という人に憧れる。それは本当にその通りだと思う。私もそうありたかった。


でも気になったら検索してしまう。3年ほどファンをやってきてもこれはやめられなかったし、多分これからもやめられない。
でも何を知っても、コンサートやテレビやラジオや雑誌、あなたを見たり声を聴いたりする時にそのことが頭にちらついて嫌な気持ちになることは不思議となかったので、我ながら都合よく出来てるなあと思いながらも、それも1つのやめられない理由だったのかなと今は思う。

だからこれはもう、ある意味、私の芸能人を好きになった時のスタイル、私はこういうタイプのファンなんだろう。
きれいな言い方をする気はないけどこれ以外の上手い言い方が見つからない。
コンサートを見るとき、自担ロックオンタイプか、他のメンバーも見るタイプか、みたいな。性質が全然違うものだとわかっているんだけど他に上手い例えがわからない。

うわさが流れた気配を察すれば気になる。
雑誌やテレビで取り沙汰されるものなら意図せず目に入ってしまうこともあるだろうけど、最近はSNSのみ、しかもその中でも局所的に広がるうわさだって多い(私が知らないだけで雑誌記事とかになってるのかもしれないけど)。
自分から見なきゃ平穏にいられるのにわざわざ見に行っちゃう。
だって気になる。
知ってどうこうするわけじゃない。意見をつぶやくでもない、肯定も否定も意見を表明しない。どうも変わらない。
たぶん「検索しない」と決めれば検索しないでいることも出来る。
でもそこまで自分でブレーキをかけるわけでもなく、何か流れてるんなら知りたい、気になる、っていう軽い気持ちで検索しちゃう。そういうタイプのファン。
肌で感じる限り、そこまでレアでもないタイプのファン。たぶん。


ほんととんだ野次馬根性、捉えようによってはファン失格なのかもしれない。少なくとも最も正しいファンのあり方ではないとは思う。正しいファンとは何か、という議論はさておいて。
でもそうは思いながらも、あなたの見せるつもりもないところを晒したツイートを、何かあったと知ったらつい検索してしまう。
なんか気になる。たったそれだけの軽い気持ち。

見てもそのこと自体にはたいしてダメージを受けないことは何回もあった。というかむしろそっちの方が圧倒的に多い。ほぼダメージなんて受けてない。
かわいく思えて笑っちゃうこともあった。私たちに見せる姿と何も変わらないなあと思うこともあった。強がりでも擁護でもなんでもなく、純粋に本心で。
それに付随して見る羽目になる悪意のみのツイートには、ふーんとスルーする時もあれば、うるせえうるせえ!!と心の中で火炎放射器を大噴射する時もあれば、いっそ可哀想に思えたりする(めちゃくちゃ何様だよって感じだけど)時もあれば、ごくまれにダメージを受けてダメージを受けてる自分にまた凹んだりする時もあれば、色々だった。


ことの真偽は割とどうでもいい。というか、まず信じていない。
こんなの信じない!という強い気持ちをもって信じていないわけではなく、たぶん元から検索する時点で、これから得る情報を「信じる」「真実だと思う」という前提がないんだと思う。
じゃあますますなんで検索するのって話だけど、もう野次馬根性とか、そういうものでしか片付けられない。ほんとよくないことだとは思う。私にも明確な理由はわからない。でもとにかく「なんか気になる」。
あとそれを見たとしても少なくともその事柄自体によって私の気持ちに悪い方向の変化は起きないだろうな、という変な自信みたいなものがある。
気持ちを切り離してるというか。
ごくたまに切り離し失敗すると、それに付随する悪意のツイートによってダメージ受けるんだけど(だからほんとやめた方がいい)。


その人の清濁すべて併せ呑んでそれでもあなたのことを好きと言いたい、なんてかっこいいことを思ってるわけでもない。
何があるかわからない、いつかあなたのことを今ほど好きじゃなくなるかもしれない、あなたのことが1番じゃなくなる時もくるかもしれない、それどころか嫌いになって、今こんなに気持ちと時間とお金を遣ったことをむなしく思う瞬間もくるかもしれない。
さっき言ったことと矛盾するかもしれないけど、このどちらも本心だ。


そんな想像はいくらでも出来るのに、それでも今、あなたの事が大好きで大好きでたまらない。
誰よりも幸せでいてほしい。
たくさん笑っていてほしい。
小さなことも大きなことも、悲しいことができるだけあなたに降りかからないでほしい。
悪意ある声があなたに1つも届かなければいい。
あなたが見る世界が、きれいなものだけで出来ていればいい。
でもそれがとても難しい世界に身を置くあなたが、それでもとびきりの笑顔で私たちの前に立っている、大好きだよと甘い言葉を口にする、その強さと優しさがたまらなく好きで、愛おしい。


楽しくないうわさが流れるたびによく出てくる、「信じる」という言葉。
「私は○○くんを信じてる」。
「これでもまだ信じてんの、ファンってバカだねえ」。
信じるってなんだ?何を信じてんの?
これは決して何かを誰かを信じてると思ってる人を貶してるのではなく、ただ私にとっては「信じる」という言葉があまりしっくりこないなとずっと感じてた。
私はあなたを好きだけど、あなたを信じてるというのはなんか違和感がある。
じゃあ何かなーと考えたら、私はあなたを「知ってる」んだと思う。
こんな些細な言葉の違いほんとどうでもいいと思われると思うけど、私にとっては結構大きい発見だった。
まだたった3年だけど、この3年全力であなたばっかり大好きで、たくさん見て、たくさん聞いてきた。
いろんな場面、言葉、表情、声音、たくさんのものから少しずつ私なりに汲み取ってきたあなたを私は知ってる。
他の人が同じ言葉や表情を見ても汲み取るものは完全に同じではないかもしれない。
だから私が知ってるのは私が汲み取ったあなただけだ。
自分で積み重ねてきたあなただけを私は知ってる。


この3年で私が知ったあなたは、強くて、優しくて、かわいくて、かっこいい。
生き方に憧れる。
私には到底できない生き方だけど、だからこそ憧れて、まぶしくて、何より愛おしい。
何を見ても何を聞いても、これは今もひとつも変わってない。


端から見れば自分に都合のいいところだけ切り取ってると思われるんだろうけど、そんなこと知るか。
同じように自分に都合のいいところだけ切り取って意見を言うなら、私は当然私に都合のいい方を切り取るまでだ。
外野の意見に左右されることが一番馬鹿馬鹿しい。
本人から語られたわけでもないことを「私が知ってること」に加えるほど、この3年で積み重ねてきたものはヤワじゃない。
盲目なら盲目でいい。
いつか目が覚める時もくるかもしれない。それはその時また考える。


こんな難しいこと考えてたらまたよく分からなくなってきた。
だからもうやめた。私は全然変わらずに好きだ。それだけで十分だ。後先も他人の意見も知るか。そんなこと考えててアイドルファンなんてやってられるか。



他人が無遠慮に暴いた私生活に、心無い悪意の言葉がたくさんくっついてくる。
あなた曰く、「悪意は目に見えやすい、目に見えないものを信じろ」。
どうかどうか、あなたがそのことを忘れずにいてくれますように。
その言葉に救われた優しいリーダーと同じように、あなた自身も守られ救われますように。


それでも、やっぱり目に見えた方がわかりやすい。
だから初めてファンレターを書いた。
あなたの目に入る好意が、少しでも増えまように。
あなたを好きな人がいるということが、少しでも多く伝わりますように。
あなたを好きになった私はこんなに幸せで、あなたのことが毎日大好きで、それだけで毎日楽しみが増えていく。

ツイッターでつぶやくことはもうたくさんしているから、他に何かと考えたらファンレターしか思いつかなかった。

事務所に届くファンレターの、その後の扱いなんて知らない。
実際本人が読むのかもわからない。たぶんちゃんと本人に届けられてはいるのかなあという希望をこめた想像しかない。そこら辺の事情はよくわかってない。
もし届かないとしても、なんかそれはそれでいい。いやよくはないんだけど。

自己満足だ。あなたのことが好きだという手紙を書きたかった。
考えても楽しくないことを考える時間が少し多くなって気持ちが沈んだら、反動であなたのことが大好きでたまらないっていう文章を書きたくなった。
重量級の愛120%のブログを書こうかとも思ったけど、せっかくなら少しでもあなたに直接届く可能性の高いものがいいなと思った。

書いてて楽しかった。
あなたのことが好きだということを、ここに書くとしたら重量級になる好きを希釈した、かわいい範囲に収まる(たぶん)ぐらいの重さの文章、ただあなただけに好きを伝える文章。
一生書けないだろうなと思ってたファンレターをこんな機会に書きたくなるなんて想像もつかなかったけど、でも本当に書いてて恥ずかしいけど幸せだった。
でも本当に今冷静になってみたら恥ずかしさで死ねるのでまた一生ファンレターなんて書けないモードになってる。なんてことしたんだ。


アイドルだから知ることが出来たあなた。
アイドルだからこそ好きになったあなた。
アイドルじゃなかったら、芸能人じゃなかったら経験することのない、悲しいこと辛いこと嫌なこと、沢山あるんだろう。
それでもアイドルでいてくれるあなた。
アイドルであるあなたを好きでいることに、ためらいを感じさせないでいてくれるあなた。


あなたのことが大好きだ。
誰がなんと言おうと、大好きでたまらない。

脱退?解散?解雇?火消し?
うるせえうるせえ!私は好きだ!あなたのことが大好きで大好きだ!



世界にたった1人だけ、私の好きなあなたへ。
手越祐也さん、私はあなたのことが好きです。